になりたい。〜 もちろん自作のロケットで 〜
 
あなたが正しいと思っていることが間違っている26の理由
2007-06-15 Fri 01:45
ブログを見たりしてネットサーフィンしていたらこんな記事があった。

私が当てはまるとしたら12番の「支配幻想 Illusion of control - ものごとは支配可能か、そうでなくても何らかの影響を与えることは可能だと思い込む傾向。」かなぁ。

これを読んで思ったのは、なんだかんだ言っても、この思い込みを駆使して生きている人は、当人は幸せと感じるんじゃないかなぁってこと。

シルクハットから取り出されたウサギの毛の根元でうずくまっている方が、ごちゃごちゃ考えるよりたやすく生きれると思う。そうならないような考え方をしたいけど、それは楽じゃない。
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次期、ロケットガール養成講座
2007-06-14 Thu 05:55
本年度も秋田大学でロケットガール養成講座を開講するらしい。
私も参加することになった。(らしい。)
当初秋山先生から、真意はわからないが「君はイベント忙しいからねー」といって外される予定だったものを、良しか悪しか、ものづくりのセンター長が「小林はロケットガールで息抜きをしなきゃだめだ。」といったそうな。
本当に息抜きになるかは別として、何だか企画を外されるのは残念に思っていたので嬉しい。
7月15日16日にはキックオフミーティングがある。
この日は三連休の内の二日で、私の21の誕生日。

私は誕生日にあまりいい記憶がない。
たいてい模試だったり、小さいときも家に一人のこされたり、
プレゼントなども誰かの使いまわしの物をもらったりした。
高校時代、好きな人に100均のキーホルダーをもらった。当時喜んでいたけど、実際のところ冷静になってみると無碍にされていたのだろう。

何で生まれたんですか、私は。厄日だ。とか思ってすごした記憶が大半を占める。
(誕生日なんかに固執しなけりゃいい話なのだけど。)

今年こそいい思い出にできればいいなー。
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蒼猿・・・責難、成事にあらず
2007-06-13 Wed 21:13
十二国記には陽子の気持ちを映し出す、蒼い猿が出てくる。
小説の中でこの猿は憎たらしいやつで、厭味や主人公の聞きたくないことばかり聞かせる。十二国記では、この蒼猿は陽子の不安や疑いの気持ちを映し出す幻という設定。この猿は陽子の変化を表現するのに、かなりの重要な登場人物である。

最近、とある知人がこの蒼猿に見える。



私は大学生になってから、誰の言うことが正しく、誰の言うことが間違っているのかわからない。「正しいこと」ってなかなか見つからないものだと思う。

厳しくする人は、ただ単に私がいると不都合で気に食わないからそういう態度なのでは、と思う。または、単に冷たくあしらっているのではないのかと思ってしまう。そうでなくても自分の都合のいいようにしたいから、そんな態度に出るのではないか。いやいや、良薬は口に苦しなのかもしれない。
褒める人や優しくしてくれる人は、私に対しての期待値が低いということなのかもしれないと思う。彼ら彼女らの優しさの裏にはどんな魂胆があるのだろう、とか。優男や優女(こんな言葉ある?)って、なんだか誰にでもそんなこと言ってそうで信用ならない。それは、私が20という若輩だからか、女だからか、褒めたらつけあがるところを楽しんでいるのか。本意の優しさだとして、だからといってそれは私自身をだめにしはしないか。彼ら彼女らの自己満足のために吐かれているだけの言葉ではないか、とかね。

一見正しいと思うことは、本当に正しいのか?そう思い込まされているのではないか?そんなことも考える。

疑心暗鬼に陥る。

たぶん陽子はこんな気持ちだったんだろう。





今日、陽子と楽俊のセリフを読み返して何だか心苦しくなった。
何度も読んでいるセリフ。心で理解するのと実行するのはまったく違う行為なんだと今さら認識してしまう。

「信じる信じないは、おいらの勝手だ。おいらは陽子に信じて貰いたかった。だから信じて貰えりゃ嬉しいし、信じて貰えなかったら寂しい。それはおいらの問題。おいらを信じるのも信じないのも陽子の勝手だ。
おいらを信じて陽子は得をするかもしれねえし、損をするかもしれねえ。けど、それは陽子の問題だな。」

「私が人を信じることと、人が私を裏切ることはなんの関係もないはずだ。私自身が優しいことと他者が私に優しいことは、なんの関係もないはずなのに。」

先ほど書いた蒼猿に見えるといった知人も楽俊ほど選りすぐられた言葉では語ってくれなかったけれど、同じ事を言っていた。
その知人は実はもしかしたら楽俊かもしれない。そんなことを思う。
私は楽俊に似た人間が近くにいることを感謝しなければいけない。


責難は成事にあらず
(ちなみにここにトラックバックされていた記事も面白かったのでリンク)

これも十二国記の華胥の幽夢(ゆめ)の章に出てくる言葉。
「人を責め、非難することは何かをなすことではない。」という意味。
これを理解するのはたやすい。誰だって出来る。これを行っているように見えて実は実行できてない私のような愚か者は結構多いと思う。

私も陽子や楽俊のようにこれを実行できるようになろうと固く固く誓う今日。





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自身の為に。
2007-06-11 Mon 21:57
最近、色々なことを考えすぎて疲れた。バイトやらなんやらで時間も無く、色々な人とのコミュニケーションがとれない。だから目標や気持ちが離れてきているように感じてしまう。また、辛い時に人に甘えたくなってしまう自分に自己嫌悪を抱く。遊んでいる自分を省みて罪悪感になったり、「これってワーカーホリック?」なんて思うこともある。優先順位が付けれないタスクは放置してしまっている。。そんなことを考えながら色々考えすぎて雁字搦めになるのは全くよろしくない。こんな記事を読んで「さぁやんは弱い奴だなー」なんて思う人も居るかもしれない。でも、そんな人の思惑をいちいち気にしない人間でありたい。仕事だって、恋愛だって、友人関係だって、他人に執してはいけない。自分自身のみ省みよう。

別に理事になったあと、他人に「上に立つのは孤独なことだ。」なんていわれたからじゃないけど孤独であることは悪いことじゃないって気持ちを大切にしようと思う。他人に理解されないのは他人のせいでも私のせいでもないのだ。

理事になってからいろんな人に「あはは、おめでと。」と馬鹿にした態度で言われたり、「ほんとラッキーガール。」なんて言われることもあった。嬉しくもなさそうな態度で「よかったじゃん。」なんて言う人もいた。「めでたくないなら言わなきゃいいのに。」って思う自分が可愛くなくてため息がでる。でもそれはまだまだ私自身が未熟な証拠だ。2年後、『小林さんでよかった。』って思わせればいいだけのことだ。もちろん、「頑張って。」といってくれる皆さんもいることを忘れないようにしよう。

なんだか今の状況は、十二国記の王になったばかりのときの陽子みたい。私も伏礼を廃せる人間になれたらいいな。(読んだことのある人しかわからなくてごめんなさい。)不安だったら雁字搦めになんかならずになにかしたいと考えて、知って、行動に移せばいい。どれだけのことなんだと思う。

それはそれとして、大事なのは他人やお上が褒めてくれることじゃなくて、自分自身の達成感を大切にして次につなげること。苦労話は他人にとって感動招く材料かもしれないけれど、私はとりあえず色々考えたのだから、そろそろ割り切って考え方や感じ方を軽く変えてみてもいいころだと思う。

もっともっと気持ちに余裕があって、柳のような人間になりたい。
いつも「そんなのきにしないよーw」って言えるように。


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思い込み
2007-06-11 Mon 20:05
最近みんなに写真写りが悪いといわれる。写り悪くて悪かったですよ。う〜あ〜!
とある先生に「もはやこれは、特技じゃないのか。」と言われた。そんな特技いらんし。ま、実物を見てがっかりされるよりは、写真よりもちっとはいいじゃないかと思われたほうがいいって事にしよう。

幼馴染のお母さんが言っていた。自分をかわいいかわいいと思っていると、いつかかわいくなれるらしい。何かを好きだと思うと好きになれるし、自分が出来ると思えばできるんだってさ。なんか矛盾してるよね(苦笑

みんな知らないの?綺麗に写真に写ったら魂捕られちゃうんだよ〜。



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かわらない、変わらない
2007-06-02 Sat 12:17
昨日UNISECの次期理事が発表された。
立候補した私は、候補者2人・枠2人ということで信任をうけ当選した。
責務をおうこと・自身の役割を、更に心して考えなければいけない。
今回のことはいままでの積み重ねと言えばそうだし、運もあるかもしれない。でもなんだかんだいっても、やはり嬉しい。
テレビに出たり新聞にのったり、代表になったり、そういう特別なことがあったとしても、実は当人自身は全然何も変わっていない。何も変わっていないのだけれど、それを十分にわかった上で周りが変わっていくのに気付こうと努力する。そしてそれを使い、色んなものを上手く良い方向へ持っていくことが大事なんだ。そう教えてくれる人がいた。全くその通りだと思う。生活の中で何かを期に急激な変化があるなんてことは、ほとんど無い。変わるとか成長するとかっていうのは、積み重ねによって起こる。私自身も代表の役割を担うことでこれから変わるのだと思う。それは変化している途中では自分でも気付くことのできない変化かもしれない。だけど長い目で見るとちょっとずつ変わっている。変わるといいと思う。やりたいと思ったことも徐々にクリアしていきたい。

そして今回、私ははじめの一歩を踏み出したと思える。理事になること自体だけではなく、二年前何にも知らない私に私に宇宙が好きと言うことを教えてくれ、ロケット技術と知識を手渡してくれた先輩たちに近づいた、と判断できることが嬉しい。1年生の私が、『彼らみたいになりたいです。』と言ったことは本人も、そこにいた人もほとんど覚えていないだろうけど。少なくとも彼のような人間になりたいと言った二年前の私よりは確実に近づいたと思える。そのことが嬉しくもあり、自分は彼らまで、まだまだだとも思う。



秋山先生

>重要なのは学生理事に選出されたことではない。学生理事として、これから彼女が何をしていくのか、何を残していけるのか

これまで他にも色々な考え方をご伝授いただいた先生に本当に感謝しております。これからの2年間にご期待ください。今後ともよろしくお願いいたします。先生が「僕はブログで書いたから義理を果たした。」というように、私自身も、沢山の人に義理を返していかなければいけなければなりませんね。

メールでも直接でも激励していただいた方々、本当にありがとうございます。

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空に浮かぶクラゲ
2007-06-02 Sat 10:38
先週、岩手県の三陸大船渡に行って来た。
訪ねたのはJAXA三陸大気球観測所

月曜22:30、風邪なのか花粉なのかわからない鼻炎に襲われつつ箱のティッシュボックス抱え大学を出発。車で4時間、翌3時頃現地着。(といっても私は後部シートで熟睡していたけど・・・)着くと満天の星空が頭上にあった。こんなに沢山の星を見たのは何ヶ月ぶりだろう。
しかし星をゆっくり眺める間もなく、観測所内にお邪魔する。

表の受信機からはピコピコっと宇宙人を呼んでいるような音が流れていた。なんでも、その音の跳ね返りで地上の(だいたい200mくらい?)の大気の変化、風の様子を観測しているのだという。なんとも不思議だ。これ、私にも出来ないだろうか、能代で。

空が明るくなり始めるころ、プロジェクトメンバーらしき人たちがバスで到着。朝早くから大変そう。

科学観測用大気球。日本で二番目に大きい気球だという。

屋上から気球が上げられていくのをみた。放球の瞬間はブワッという音と共に気球が朝日に輝いていた。どんどん上昇していって、1時間もすると米粒大になっていた。その肉眼で見えた気球は75km先にあるという。大船渡から秋田を見ているようなものだ。幅は100mくらいに膨張してまん丸になった状態でぷかぷか漂う気球。しかもそこから来る電波を地上の人間が完成している。しかも目の前のパソコンで。すごいとしか言いようが無い。


プロジェクトメンバーが集まる管制室は緊迫感があった。
カメラに風景が写った瞬間のどよめきや、海に落ちる瞬間に“あぁ〜!”“おぉ〜”と歓声が漏れる。
その隣で鼻をかむ私。周りから見るととても滑稽だった事だろう。
この光景どこかで見たような・・・

やっぱりプロもシーケンス確認したり、動作確認したり、学生プロジェクトで行っていることもやっているんだなという感想。本格的な感じはしたけど。持ち場が落ち着いて時間ができたおじさんたちは外に出て双眼鏡やら望遠鏡やら自分のカメラやらで気球を眺めていた。その姿はなんだか無邪気な子供に返っているみたい。私も知り合い達も数年後はこのメンバーの中にいるんだろうなぁと思うとなんだか感慨深いものがあった。



そして、事件は起こった。
教官:「ちょっと、これに乗ってみろ。」
指差すは、作業場の緑にペンキで塗られた鉄板の台。(大きさ3m×3mくらい?)
素直に従う私。
私:「これ何?」
教官:「○○kgかぁ。」
この台は重量を計測するための台だったのだ。
これってセク・・・



兎にも角にも、SF作家・野尻さんの作品“大風呂敷と蜘蛛の糸”のイメージにぴったりの場所で、とてもいい場所だと思った。少し田舎だけど、私は気にしない。
私もいつか主人公の紗絵のように大風呂敷を広げたいと気球を見上げながら思った。
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